risoraが目指す「理想の空間」をテーマに、ふたりのクリエイターがその思いを語り合うスペシャル対談。
気鋭のフラワーアーティストと、risoraをはじめ数々のダイキンの空調機器を生み出してきたプロダクトデザイナーという、一見接点がないようにも思える組み合わせ。しかし異色のふたりに見えて、じつは目指すこと、考えていることはとても似ていることを発見し、対談はまさに話に“花が咲く”ように盛り上がりを見せました。
とらえどころのない“空気”というものに常に向き合ってきた、ふたりの考えとは…
人が心地よいと感じる“気持ち”をデザインしたい
▲フラワーアーティスト・田中孝幸さん(左)とダイキンのプロダクトデザイナー・関 康一郎(右)
田中孝幸(以下、田中):空気をテーマにした対談というお話をもらってから考えたのは、今ほど世界中の人たちが“空気”のことを考えている時代はないな、ということでした。空気は見えないものなのに、みんなものすごく意識するようになったと感じます。
そこで
“空気をデザインする会社”であるダイキンさんにお聞きしたいのですが、人間には五感と呼ばれる感覚がありますよね。関さんは、そもそも空気を、どの器官で感じて、どういう感覚でとらえてほしいと思っているのでしょうか?
関 康一郎(以下、関):「どこで感じるか」ですか…なるほど。そういう視点で見ていただけるのはすごく嬉しいです。
空調機メーカーとしてダイキンが今まで行ってきたことは、物質的な面で空気を調整して快適だと感じてもらえるようにすることでした。しかし今後は、それだけではなく、「気」という漢字が付くところ全体に関わってくるようになると思っています。
気分、雰囲気、士気など、「気」の付く言葉はたくさんあって、それらは人の心や感情の領域にあるものです。「空気を読む」という言葉もそうですよね。そういった人の“気持ち”にアプローチできたらいいな、と思ってデザインしています。
田中:目とか鼻とか肌とか、空気を感じる器官がいろいろある中で、“気持ち”というワードが出てきたのはすごくおもしろいですね。
一方、僕が花を扱っていて一番エアコンを意識する要素は、「風」なんです。じつは風って、花にとって一番の大敵なんですよ。
関:風が、ですか?
田中:ええ。花をむやみやたらに風にさらすと、みるみるうちに素材の生命力がなくなってしまうんです。もしかしたら風は、人間にとっても厄介なものなんじゃないのかって思っています。僕は常日頃から「花って、人間や生物の縮図だな」と感じることが多いんです。だから花にとっての敵は、人間にとっても敵であり、よくないものなのではないか、と思っているわけです。
関:風にもいろいろあって、外にいるときに本当にふとしたときにフワッとくる風が心地よかったりする感覚はありますよね。
田中:はい。ただ僕、「風を心地よく感じる」というのは、長い生命の歴史の中でも、人類特有の比較的新しい感覚なんじゃないか、と思っているんです。
仕事で能楽者の方とお会いしたときに、風というのは、基本的に「何か不吉なことが起こる前触れ」であることが多いという話を聞きました。「風向きが変わった」とか「波風が立つ」とか、風が入っている言葉が示すように、古くから、自然界の精霊たちが悪さをし始めたぞ、といったニュアンスで使われてきたようです。
関:田中さんのお話を聞いて思い出したのが、風以外の、温度などに関する人間の快適指数は、たしかに非常に原始的なものだということです。
人間の快適度を表すとされるPMV(※)という指標があります。それによると、基本的には安定した風の状態で、温度・しつどを最適にすると人は快適だと感じる、とされています。
※PMV…人間の“快適さ”を、温度やしつど、放射、活動量など6つの要素から算出した快適性指標。1994年に国際規格(ISO7730)となり、空間設計の際の指数として採用されている。
ただ、最近は気流をコントロールして、風にリズムがあったり、ふとした瞬間にフワッと風を起こしたりしたら、より快適性が上がるのではないか、と言われ始めています。そもそもは「風がないほうがいい」というのが“原始的”な快適性であり、従来のエアコンはどちらかというと、不快な状態を解消する、マイナスをゼロにする、という方向性で開発されてきたのだと思います。
「気化熱」といって、汗をかいているときに風を当てると、汗が蒸発するときに熱を奪うためにより涼しく感じる生理的現象があります。冬場だったら少ししつどがある空気の方が暖かく感じるのもそうです。エアコンはそういう原理を利用している部分もあります。
現在はその原始的な快適性に加えて、「新しい空気や雰囲気をつくっていく」という段階に来ているのかもしれません。
田中:関さんは普段のお仕事の中で、温度やしつど、風のことについてのデータや医学的エビデンスを常に考えていらっしゃるんですか?
関:いいえ(笑)。デザインするときには、今お話ししたような温度がどうだ、しつどがどうだ、なんてことはまったく考えていません。それよりも、エアコンが空間の中で、いかに気持ちいい存在でいられるか、ということを考えます。
まずは、物体としてのデザインや色、たたずまいが気持ちいい存在であること。それから、エアコンがある空間の中で、人がどんな暮らし方をするのだろう、と。それらを最初に考えてから、エアコンの機能や形に落とし込んでいきます。
最近は、人が心地いいと感じる“体験”をエアコンで再現できたらいいなと思っています。たとえば、ものすごく暑い夏の日、おばあちゃんちの居間に入って、風鈴が鳴っていて、そこで冷たいスイカを食べると「ああ、気持ちいいなあ」っていう体験があるじゃないですか?
田中:はい、よくわかります!
関:あの体験は、決しておばあちゃんの家が物理的に涼しかったわけではないですよね。じゃあ何が心地よさをつくりだしているのかという点を丁寧に紐解いていけば、「新しい快適性」がつくれるのではないかと思っているんです。
田中:すごく面白いですね。風鈴の音だとか、匂いだとか…ふとした瞬間の心地よさ、ぜひ関さんにつくってほしいです。
関:ありがとうございます。エアコンのミッションとして、熱中症予防など、暑さ・寒さに起因する問題を解決するというのは愚直にやっていくのですが、それに加えて、人々の心地よさをどうプラスするか、ということにも取り組んでいきたいです。
田中:それってまさに「空気をつくる」ということですよね。
デザインには、想像の余地を残しておくことが必要
▲risora Custom
Styleの室内機パネルのカラーバリエーションの豊富さに驚く田中さん。「色は光とも関連性が高い。花を生けるときに常に光を意識している僕としては、とても親和性を感じます」
田中:今日、初めてrisoraの実機を拝見しました。すごいイノベーションだな、と強く思いました。
そもそもエアコンは、「いかに存在を消し込むか」というものだった気がします。室内のインテリアのビジュアルとしては邪魔というか、僕自身もできれば壁の中に入っていてほしいと思ってきました。でも、これだけのカラーバリエーションとパネル表面の質感もつけたうえで、コンパクトでシンプルなデザインのrisoraなら、積極的に選びたくなりますね。
日陰の存在だったエアコンを、インテリアの主役級の、「ソファを選ぶのと同等のステータスのところまで上げにいってやろう!」という、そんな覚悟を感じました。
関:そう感じていただけて嬉しいです。お客様から「最近のエアコンは、省エネ重視のせいか、ずいぶんと出っ張ってきているね」とか、「もっとどうにかならないの?」という声をたくさんいただいていました。かといって、大きいままのエアコンをどんなに美しくしたところで、お客様が求めている価値にはならないと思い、本気で薄くしようと取り組んで開発したのがrisoraです。
「デザインしすぎない」ということも意識しました。あくまでも主役はお客様の部屋なので、そこの中でフッと寄り添う存在でありたいと思っています。
田中:「消せるデザイン」ということなのかもしれませんね。関さんがおっしゃったようなことは、花の世界にも通じるところがあります。
フラワーアーティスト自身が作品の一部かのように主張するのは、僕は美しくないと思っています。花を生けたら僕は出なくていい、と。もし今日のインタビューも、花を生けてくださいというお話だったら、僕は登場しない方がいい。
空気って、「空っぽの気」じゃないですか。海外の知人に言わせると、日本の文化の美しさはVACANTだ、と言うんです。EMPTYよりもっと強い意味合いのようです。空っぽの部分を残しておくことが、想像力の余地を残すということにつながる…もっと生活に近づけて言うと、他のいろいろな要素と相まって存在するように、受け合えるような部分をあえて残しておくことが美しさの基本なのではないかと思っています。
もちろん多少の意図や意匠は込めますが、6割ぐらい自分の気持ちを置けたら、あとはそれが勝手に調和してくれるような感覚でいます。
関:「余白のデザイン」というか、想像の伸びしろのようなものを残しておくイメージですよね。空調機のデザインも、まさにそういうものでありたいと思っています。
空気って、365日24時間触れているものなので、常日頃から主張が強いエアコンでは息が詰まりますよね。もちろんダイキンは歴史ある空調メーカーだという自負もありますし、買っていただいたお客様には、持っている喜びや感動を体感していただきたいです。ただ、生活の中でさりげなく寄り添う、いい塩梅をデザインすることに、特にこだわっています。表に見えるところだけではなくて、羽の動きや、表示部のミニマムな設計など、そういう細かい気づかいのところのデザインは、かなり意識しています。
▲「他のエアコンと比べると本当に薄さが際立ちますね。運転時のパネルの動き方も好きです」(田中さん)
田中:risoraはカラーバリエーションの豊富さでも目を惹きますよね。色は光によっても見え方が違うから、risoraを選ぶということは、自分の家にどんな光の空間をつくりたいかということを自然に考えることにもつながると思います。
ダイキンさんがrisoraを生み出したことで、従来の暮らしになかったバリエーションが見えてきましたよね。エアコンひとつ選ぶことが、暮らし全体を考えるきっかけになるから。
僕も今後エアコンを買うときは、そういう思考で買うことになりそうです(笑)。
空気をつくることは、「暮らし」をつくること
田中:今までお話させていただいて思ったのは、「暮らし」って、ひょっとしたら空気なのかもしれませんね。空気を考えることは、生き方に直結しますから。
エアコンをつくるのも、花を生けるのも、「人間の『暮らし』にどう寄与するか?」みたいなところに行き着きませんか?
関:おっしゃる通りです。「暮らしを便利にする」とか「暮らしの機能をアップする」という文脈よりも、少しでも人々の暮らしを幸せにしてあげたいという思いのほうが強いです。
田中:僕は空間の中に花を生けるとき、実際のスペースの10倍ぐらいの広さで考えます。必ず他の何かと掛け合わせることをしなければ、花のよさは心地よさにつながらないと思っているからです。
そこがどういう場所なのか。どういう背景をもっているのか。どういう人たちがどういう方向から入ってくるのか。どういう時間帯にどんなシチュエーションで過ごすのか…そういったことを必ず深く考えます。
これはおそらく、プロダクトデザイナーもインテリアデザイナーも建築家も、ひょっとしたらお豆腐屋さんも同じで、素晴らしいクリエイターは、一番先に人のことを考えているはずです。「人間とはどういうものか?」その理解なくしてできない仕事だと強く思うようになりました。
関:とても共感します。空間の中にいるのは人であって、その人が空間を通じて「どう感じるか」ですよね。そうなると人間って、すごく生っぽい部分があって、時間軸でも気持ちはどんどん変わっていきますし…
田中:だから本当に、空気を考えることって、人の気持ちを考えることなんだと思います。
僕は花と空間を扱う立場から、関さんは空調メーカーの立場から、それぞれ考える空気の概念が結実して何かしらの形で出てきて、それらが集まって「暮らし」になっていく気がします。
関:花のデザインとプロダクトのデザインって全然違うように聞こえますが、結局は人のことを考える仕事なんだというところがすごく共感できます。
僕らは空間に存在するさまざまなプロダクトのデザインと比較して、「エアコンのデザインとはどうあるべきか?」という文脈で語られることも多いのですが、それだけではなくて、人がどう感じるか、人をどう幸せにできるか、というところを一番に考えています。
田中:有機物と無機物の対比でとらえられることがあります。「無機物のものに対して、花の気配感を」という依頼が多いのですが、道具として出てきたものが無機物なだけで、もともとは人間のことを考えてつくっているわけだから有機だよなって思うんです。
2016年に担当した蔦屋家電の仕事でも、プロダクトではなく、それを使う人のこと、それをつくった人のことを考えて花をつくりました。無機物として出てきたプロダクトの中に込められた有機的なものを引き出したいーーそう思って僕は花をやっています。
▲2016年、田中さんが手がけた二子玉川の「蔦屋家電」の広告。花を生ける対象となるプロダクトが生まれた背景や使われるシーンについての対話を重ね、唯一無二のコラボレーションとなった。
田中:先日、フランスの車ブランドからの依頼で空間インスタレーションの仕事をしたのですが、フランス人のカーデザイナーの話を聞くと、ものすごく細かいところにもこだわっているんです。操作ボタンの形がダイヤモンド型になっていたり、センターコンソールのトグルスイッチが高級機械式時計の加工に見られる繊細な彫刻をヒントにしたデザインになっていたり。機能面だけでとらえようとすると無駄にも思えるのですが、なぜそうするのかというと、「絶対そっちのほうが美しい」って言うんです。
「田中さん、そこのエアコンのオン・オフのボタンは、これを押すのと、のっぺりとしたプラスチックのボタンを押すのと、どっちが心地いいんだ?」って言われて。「こっちだね!」「でしょ!」となるわけです。それって、基本的に人間の感情、どう美しさを感じるかを考えているっていうことだと思ったんです。
▲フランス・パリ生まれのクルマ、DSの展示イベント。現代フランスの美の象徴であるルーブルのピラミッドに着想を得て、空中に実寸の15分の1サイズで再現したピラミッドを日本の草花と融合させ、「美意識の中庭」と題したコンセプチャル空間アートを誕生させた。
関:たしかに、そうかもしれませんね。普段の生活の中の楽しさや、ちょっとした感動をデザインに織り込みたいということは、僕も常に考えています。
田中:ダイキンさんの中で、人に心地よさを感じてもらえる暮らしを追求する延長で、ホテルやマンションなどを丸ごと提案しよう、という話が出たりしませんか?
関:そういう話も上がります。空調機器単体での範囲を超えて、暮らし全体をつくらなければならない、という話に行き着きます。人の生活は、すべて連続的につながっているので、セットで考えないとお客様の価値にならないよね、と。そうなると、住宅になるんですよ。
田中:僕も花をやりはじめて15年ほど経つんですが、いろんなことを考えるようになりました。色とか光のこと、場所のこと、空間のこと。とどのつまりは、人のこと。だから、その延長で「家をつくろうかな」なんて思うようになってくるわけです。建築家でもないのに(笑)。
どんなことが起きるかわからない時代だからこそ、余計に人のことを考えるようになり、「ひとつのことだけで済むものじゃないな」という思いに至ります。
関:田中さんはきっと、花を通じた“ライフクリエイター”の域に達しているのではないですか?
田中:そうかもしれません。関さんも同じですよね?
関:はい。エアコンというものを通じた、ライフクリエイターです。結局のところ人が中心にあって、エアコンだけではライフクリエイトできなくて、周辺のこともセットで考えなくてはなりません。本当に同じ気持ちです。
僕はテクノロジー・イノベーションセンターという研究開発所に所属しているのですが、そこではダイキンだけでなく、異業種や異分野の方々と協創してイノベーションを起こしていこうとしています。まだまだこれからなんですけれど。
ライフクリエイターというキーワードで、もっと視野を広げて、ソリューションを提案していきたいです。
田中:ダイキンさんのプロダクトの後ろには、デザインという名前ではとらえきれない、人の暮らしを考えるものが詰まっていることが、今日はよくわかりました。その姿勢には本当に共感しましたし、一緒にソリューションしたいですね。
関:はい、ぜひ一緒にソリューションしましょう!
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田中孝幸(たなか たかゆき)
フラワーアーティスト。大学卒業後、出版の世界を経て、花植物の世界へ。花卸売市場勤務時代に世界的フラワーアーティストのダニエル・オスト氏と出会い、氏のアシストワークを手がけるようになる。独立後は、数々のイベント、空間演出などの現場を積み重ねる。現在その活動は、花・植物など自然要素をツールの中心に据えたコンセプチャルな空間設計・演出を軸に、ランドスケープ、広告・コミュニケーションデザイン・アートプロジェクトなど多岐に渡る。国内外を問わず、グローバル企業から地方自治体にいたるまで幅広い層から支持を集めている。
www.takayukitanaka.com
関 康一郎(せき こういちろう)
2006年ダイキン工業株式会社入社。「うるさら7」や「risora」をはじめ、ユーザーや業界を驚かせるプロダクトデザインを次々と生み出す。2015年からは「見えない空気を愛されるものにする」というダイキンデザインフィロソフィーのもと、「空気のデザイン」に取り組み、空気で解決できる空間の感動創造、コア技術の見える化による協創促進、ユーザーとのコミュニケーションデザインに挑戦している。